日本語には、感情や意見を強調するための様々な表現が存在します。その中でも「全くもって」は、強い否定や強調を表す際に用いられ、会話や文章に深みを与える言葉の一つです。本稿では、「全くもって」という表現について、その基本的な意味から、より詳細なニュアンス、類似表現との比較、具体的な使用場面、注意点、そしてその語源や背景に至るまで、多角的に解説します。この記事を通して、「全くもって」をより深く理解し、適切に使いこなせるようになることを目指します。
「全くもって」の意味
核となる意味と強い否定の強調
「全くもって」は、副詞「全く」に、同じく副詞的な働きをする「もって」が付いた表現です。「全く」は、「完全に」「まったく」「少しも~ない(否定を伴う場合)」といった意味を持ちます。そこに「もって」が加わることで、その意味合いがさらに強調され、「本当に」「まったく~ではない」「絶対的に」といった、より強い否定や強調を表すようになります。例えば、「彼は全くもって真面目ではない」という文は、「彼は少しも真面目ではない」という事実を、より強く、疑いの余地がないというニュアンスを込めて表現しています。このように、「全くもって」は、ある状態や意見を絶対的なものとして捉え、それを強く主張する際に用いられる、強力な表現と言えるでしょう。
「全く」との微妙な感情の差異
「全く」だけでも強い否定や強調を表すことができますが、「全くもって」は、それよりもさらに強調された、あるいは感情的な色合いを帯びることがあります。単に事実を述べるだけでなく、話者の強い確信や、言葉に込められた感情の強さを伝えたい場合に、「全くもって」が選ばれる傾向があります。「全く」が比較的客観的な記述にも用いられるのに対し、「全くもって」は、話者の主観的な感情や判断がより強く表れると言えるでしょう。それは、単に「~ではない」という事実を伝えるだけでなく、「~であるはずがない」「~だとは到底思えない」といった、話者の強い思いを込めることができるからです。
フォーマルとインフォーマルな場面での用法と例
「全くもって」は、フォーマルな場面、インフォーマルな場面の両方で使用されますが、その強い強調の性質から、話者の意図や相手との関係性を考慮する必要があります。フォーマルな場面では、強い遺憾の意や反対意見を表明する際に、明確かつ力強い表現として用いられることがあります。例えば、「今回の決定には、全くもって同意しかねます」といった表現は、自身の立場を明確に示すものです。一方、インフォーマルな場面では、友人との会話などで、強い共感や反論、驚きなどを表現する際に用いられます。「あの店の料理は全くもって美味しくなかったね!」といった表現は、個人的な感想を強調するものです。英語の”totally”がカジュアルな場面で用いられるように、日本語の「全くもって」も、文脈によっては親しい間柄で感情豊かに意見を述べる際に適しています。ただし、相手に不快感を与えないよう、言葉遣いには注意が必要です。
感情的な強調としての「全くもって」の役割
「全くもって」は、単に否定や強調を強めるだけでなく、話者の感情の強さを伝える役割も果たします。特に否定的な文脈においては、強い不満、怒り、落胆、不信感などを表現するのに効果的です。「彼の言い訳には全くもってうんざりする」という文は、単に彼の言い訳に納得していないというだけでなく、強い嫌悪感やうんざりした気持ちを伝えています。「そんなことは全くもって許せない」という表現は、単に許容できないという事実だけでなく、強い怒りや憤りを示唆します。このように、「全くもって」は、言葉に感情的な色合いを加え、聞き手に話者の心情をより強く伝えることができる表現と言えるでしょう。
「全くもって」の多様な否定表現
「まったく~ではない」「完全に~ではない」「ぜんぜん~ではない」との比較
「全くもって」と同様に強い否定を表す表現として、「まったく~ではない」「完全に~ではない」「ぜんぜん~ではない」などが挙げられます。これらの表現は、基本的な意味合いにおいては「全くもって」と共通しており、多くの場合、互いに言い換えることが可能です。「まったく~ではない」は、「全く」に否定の助動詞が付いた形で、「全くもって」とほぼ同じ意味合いで使用できます。「完全に~ではない」は、「完全」という言葉が示すように、不足や不備がない状態を否定するもので、徹底的な否定のニュアンスを持ちます。英語の”totally”が「完全に」という意味を持つことからも、「全くもって」と類似のニュアンスで使用されることが示唆されます。「ぜんぜん~ではない」は、より口語的な表現で、特に若い世代によく使われます。これらの類義語は、文脈や話者の意図によって使い分けられますが、いずれも強い否定を表すという点で共通しています。
「決して~ない」「断じて~ない」「微塵も~ない」のニュアンスと用例
「全くもって」と類似しながらも、否定の強さやニュアンスが異なる表現として、「決して~ない」「断じて~ない」「微塵も~ない」があります。
- 決して~ない (kesshite ~ nai): 「絶対に~ない」「決して~することはない」という意味を持ちます。強い決意や固い意志を表す際に用いられることが多いのが特徴です。例えば、「私はこの秘密を決して誰にも言わない」という文は、話者がこの秘密を絶対に他言しないという強い決意を示しています。「彼は決して諦めないだろう」という表現は、彼の不屈の精神を強調しています。ただし、前提となる理由によっては例外を許す意識が潜んでいる場合もあります。例えば、「夜中に電話をするのは決してよくないことだが、生死に関わることなので電話をした」といった文が成立するのは、このニュアンスによるものです。
- 断じて~ない (danjite ~ nai): 「絶対に~ない」「決して~ない」「断じて~するものではない」という意味を持ちます。「決して~ない」よりもさらに強い否定の意志や確信を表し、多くの場合、強い非難や拒絶の感情を伴って用いられます。例えば、「私は断じてそのような不正行為には関わっていない」という文は、不正行為への関与を強く否定し、潔白を主張するものです。「そのような行為は断じて許されない」という表現は、その行為を強く非難し、決して容認できないという強い姿勢を示しています。「断じて」は否定文だけでなく肯定文でも用いられ、強い確信や決意を表すこともあります(例:「僕は断じて結婚してみせる」)。動作を伴うものを強く禁止したり、打ち消したりする際に用いられます。
- 微塵も~ない (mijin mo ~ nai): 「少しも~ない」「全く~ない」という意味を持ちます。「微塵」とは、非常に細かい塵や、ごくわずかな量や程度を指します。そのため、ある物事や感情が全く存在しない、あるいはごくわずかもないということを強調する際に用いられます。例えば、「彼には微塵も悪意はなかった」という文は、彼に少しの悪意もなかったことを強調しています。「私の心には微塵も後悔はない」という表現は、後悔の念が全くないことを強く主張しています。主に人の感情を表現する際に使われることが多いと指摘されています。
表現 | 核となる意味 | 否定の強さ | 典型的な使用場面 | 例 |
---|---|---|---|---|
全くもって | 本当に~ではない、絶対的に~ではない | 非常に強い | 強い否定、強調、感情的な反発、強い確信 | 彼の言い訳は全くもって理解できない。 |
まったく~ではない | 全く~ではない | 非常に強い | 強い否定、強調 | そんなことはまったくありえない。 |
完全に~ではない | 完全に~ではない | 非常に強い | 徹底的な否定 | この計画は完全に失敗だったと言える。 |
ぜんぜん~ではない | 全然~ではない | 強い | 日常会話、インフォーマルな場面での強い否定 | あの映画はぜんぜん面白くなかった。 |
決して~ない | 決して~ない、絶対に~ない | 非常に強い | 強い決意、固い意志、例外を許さない否定 | 私はこの約束を決して破らない。 |
断じて~ない | 断じて~ない、絶対に~ない | 極めて強い | 強い否定の意志、確信、非難、拒絶、肯定文での強い決意 | そのような行為は断じて許されない。 |
微塵も~ない | 少しも~ない、全く~ない、ごくわずかもない | 非常に強い | 感情の否定、微量な存在の否定 | 彼には微塵も疑う気持ちはなかった。 |
「全くもって」様々な場面での用法
ビジネスコミュニケーション
ビジネスシーンにおいて「全くもって」を使用する際には、相手に与える印象を慎重に考慮する必要があります。強い強調は、時に相手に威圧感を与えたり、反感を抱かせたりする可能性があるためです。「全くもって」はほぼネガティブな文脈で使われると指摘されており、よりフォーマルな表現として「全く問題ございません」などが提案されています。例えば、会議で相手の意見に強く反対する場合、「その案には全くもって賛成できません」と直接的に表現するよりも、「その案については、いくつか懸念点があり、実現可能性についてさらに検討する必要があるかもしれません」といった、より丁寧な言い回しを選ぶ方が望ましい場合があります。しかし、状況によっては、「今回の市場調査の結果は、全くもって予想外でした」のように、客観的な事実を強調するために用いられることもあります。重要なのは、相手との関係性や、伝えたい内容の性質に合わせて、表現の強さを調整することです。
日常会話
日常会話においては、「全くもって」は比較的自由に使用されます。友人や家族との親しい間柄では、感情を込めて意見を述べたり、強い共感を表現したりする際に適しています。例として、「この映画、全くもって面白かったね!」のように、強い肯定的な感情を伝えることができます。また、「彼の言うことには全くもって賛成できない」のように、強い反対意見を表明することも可能です。「そんなことが起こったなんて、全くもって信じられない」といった表現は、驚きや不信感を強調します。このように、日常会話では、話者の感情や意図をストレートに伝えるための有効な手段として、「全くもって」が用いられます。
文学作品
文学作品における「全くもって」の使用は、作者の意図や登場人物の感情を深く表現するための重要な要素となります。「あんなやつにお礼だなんて、(全くもって)とんでもない!」という例では、強い拒絶の感情を表すために「全くもって」が用いられています。古い文献における「全く以て」の使用例もあり、時代によってもそのニュアンスや頻度が異なる可能性が示唆されています。例えば、登場人物の強い怒りや絶望感を表現するために、「全くもって許せない」といった表現が用いられたり、物語の重要な局面において、ある事実を絶対的なものとして強調するために使用されたりすることがあります。文学作品においては、「全くもって」は、単なる否定や強調を超え、物語の雰囲気や登場人物の心理描写に深みを与える役割を担っていると言えるでしょう。
「全くもって」を使う上での注意点
強すぎる印象や否定的な響きの可能性
「全くもって」は、その強い強調の性質から、時に相手に強すぎる印象を与えたり、否定的な響きを持たれたりする可能性があります。特に、相手の意見や行動に対して「全くもって違う」「全くもって間違っている」といった形で使用すると、相手は自分の意見を頭ごなしに否定されたと感じ、不快感を覚えるかもしれません。また、「全くもって」はほぼネガティブな文脈で使われるため、肯定的な事柄に対して用いる場合でも、皮肉なニュアンスが含まれると解釈されることもあります。そのため、使用する際には、相手の立場や感情を十分に考慮し、言葉の選び方を慎重に行う必要があります。
失礼にあたる可能性や反感を招く状況
特に、目上の人や立場が上の人に対して「全くもって」を使用する際には、細心の注意が必要です。相手の言葉に同意する際に「全くもっておっしゃる通りです」と表現することは可能であるものの、状況によってはやや直接的すぎると受け取られる可能性も示唆されています。例えば、上司の提案に対して「それは全くもって非現実的です」と発言した場合、相手は自分の能力や判断力を否定されたと感じ、反感を抱く可能性があります。より建設的なコミュニケーションのためには、「その提案は興味深いですが、実現にはいくつかの課題があるかもしれません」といった、より婉曲的な表現を用いることが望ましいでしょう。強い否定的な表現は、時に相手に不快感を与えることがあります。
効果的かつ配慮のある使い方
「全くもって」を効果的に、かつ相手に配慮して使用するためには、いくつかの点に注意する必要があります。言葉だけでなく、声のトーンや表情も重要です。たとえ言葉としては適切であっても、冷たい声や険しい表情で使用すると、相手に不快感を与えてしまう可能性があります。また、誤解を避けるためには、前置きの言葉を添えたり、状況を丁寧に説明したりすることも有効です。例えば、反対意見を述べる際には、「~という点については、全くもって異なる意見を持っています」のように、自分の立場を明確にしつつも、相手の意見を尊重する姿勢を示すことが大切です。状況によっては、「~と考えられますが、~という可能性も全くないとは言えません」のように、否定の度合いを和らげる表現を選ぶことも考慮すべきでしょう。
「全くもって」を使いこなすために
「全くもって」は、強い否定や強調を表現する上で非常に有効な日本語の表現です。その核となる意味を理解し、類似表現との微妙な違いを把握することで、より的確なコミュニケーションが可能になります。ビジネスシーン、日常会話、文学作品など、様々な場面での使用例を知ることは、この表現の理解を深める上で重要です。ただし、その強い性質ゆえに、使用する際には相手に与える印象や誤解を招かないように注意が必要です。語源や歴史的背景を知ることで、言葉に対するより深い理解が得られます。地域や世代による使われ方の違いも考慮に入れることで、より柔軟な言語運用が可能になるでしょう。本稿が、「全くもって」という表現をより深く理解し、適切に使いこなすための一助となれば幸いです。